「道徳を合理的に立証する企ては決定的に失敗したのであり、これ以後、私たちに先行する文化の道徳——後には私たち自身の文化の道徳もだが——は、公共的で共有された合理的根拠あるいは正当化を一切欠くことになった。世俗的な合理性が支配している世界では、宗教は道徳的な言説・行為に対してそのような共有された背景と基礎をもはや与えることができなかったのである。そして、宗教がすでに提供しえなくなったものを与えることに哲学が失敗したことは、哲学が文化における中心的役割を失って、周縁的で狭隘な学問上の主題となっていった重要な原因であった。」価値観は様々、人それぞれとなってしまった現代。 人としてその行為は醜いとか美しいとか、いちがいになかなか言えなくなった。善く生きるとはどういうことか。それを知るためには教養が必要。だが教養を身につけるのはほんの一部の人間だけになってしまった。
問題は大学教育ではなく小・中・高の教育だと思う。大学はその基礎の上に建てられるものだが、基礎がなってないので、大学教育がうまくいかないだけのこと。大学のせいじゃない。
